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上司の評価を上げるための必須項目。あなたはミスターサタン病?

どうしても上司から評価されなくて困っているとしたら、それはあなたに根本の原因があるかもしれません。

端的に言えば、上司にとってあなたはお荷物になっていたり、面倒くさい存在になっていたり、いてもいなくてもいい存在になっているかもしれません。

 

いやいや、そんなことなくて上司の考え方が・・・俺を見る目がないだけ・・・。

きっとそんなことを口に出すことでしょう。

 

残念ながらそれこそ上司から評価されない人の特徴的な発言です。

 

これをミスターサタン病とでも言いましょうか。

本当は弱いのに口だけは達者なドラゴンボールに出てくるキャラクターと同じです。

おそらく、上司に頼まれた仕事も言われたとおりにやらないのがミスターサタン病の人の特徴です。

 

【ミスターサタン病の特徴1

言われたとおりにやらず勝手なアレンジをする。

「言われたとおり資料をつくりましたが自分的にはこの要素は不要だと思ったので、省いておきました。」

似たようなシチュエーションは経験ないでしょうか?

上司に頼まれたことを良かれと思って自分の判断でアレンジを加えたり、何かを省いたり、究極やらなかったり・・・。

上司の言われたことを100%こなせない人材は全く評価できません。もはやマイナス評価です。

もし勝手なアレンジを加えたとしたらそれは上司を否定しているようなものです。

そんな人材を上司は評価したいと思うでしょうか??

まずは言われたことを100%こなして、その上で意見を言いましょう。

「ひとまず資料を言われたとおり作りました。ご参考までにこういう要素もあったら良いのではないかと思い、もう一案資料を作成しているのでよかったら見てみてください。」

これはできる人が取る行動です。

上司の求めることを100%こなしながらも、自分のアイディアを付加しています。

・・・こいつはできるな。

きっと上司の見る目が変わります。

 

【ミスターサタン病の特徴2

シンプルを複雑にする。

口八丁な屁理屈が多いのが特徴的です。たとえば上司が、

「○○の商品はすごく良いと思うんだけど君はどう思う?」

と聞いたとしたら、きっとこんな返答をするんじゃないでしょうか。

「あぁ、あの商品ですか。僕が思うにあれはこうでこうだから、あっちの商品の方が魅力で、でもあれもこうだから・・・ってそんな感じです。」

価値を生まないどうでもいい屁理屈ばかりで、質問にさえ答えていません。

ミスターサタン病はシンプルなコミュニケーションを複雑にする上に結論を出しません。

こんなコミュニケーションをしていたら上司はきっとあなたを面倒くさい奴と認識し、コミュニケーションを避けることでしょう。

簡潔な結論と的確な応答が信頼につながります。

 

【ミスターサタン病の特徴3

昨日覚えたようなスキルを得意気に言う。

少なからず上司である人は、人を見る力があると思います。

覚えたてのスキルで相手をうまくコントロールしようとしたって見透かされます。

覚えたてのことを自慢げにあたかも前から知っているかのように話すのは何とも小さい人間に見えてしまうのは僕だけでしょうか?

「○○さん、これ知ってますか?常識ですよね?・・・・・え、知らないんですか?だったら知っておいた方が良いですよ。常識なんで(笑)」

完全に上司を馬鹿にしてますね。

ここまでデリカシーのない人はさすがにいないと思いますが、近しいことをしている人は意外といると思います。

覚えたてのスキルばかりに頼る人は厚みのない薄っぺらい上辺人間です。

スキルを重ねて厚みを増していくことが重厚な知層となります。

鼻かみティッシュのように使い捨てているようでは、一向に知層は築けずゴミばかりがたまることでしょう。

 

 

ミスターサタン病の特徴を語りだしたらきりがないくらいありますが、ここまでにしておきます。

最後にミスターサタン病を治したいと思うのであれば、できる限り自分中心に考えることをやめましょう。

 

相手の立場になって考えて、喜ぶであろう手段を考えます。

逆の立場で部下に何をやってもらえたら嬉しいでしょうか?もしくはやられては困ることは何でしょうか?

そう考えれば自然とやるべきことと、やってはいけないことが見えてきます。

誰のために何をやると喜ばれるか。

よく考えてシンプルにアクションしていけば、あっという間に信頼をつかみ評価が上がるはずです。

 

ものごとはとてもシンプル。

シンプルなことをシンプルにこなすことが解決のヒントです。



ベンチャー企業で新卒社員(部下)を育てるということ。

Photo by mindmapinspiration’s

うちの会社に新卒が入社するようになったのはここ数年の話。

入社といっても年に1人、今年は2人の採用。

50人そこそこのベンチャー企業では育てるプランも仕組みも環境もありません。

そんな環境の中、入社した新卒は大抵自分のところに配属されます。

教育どころじゃないぐらいに忙しさにかまけてテンパッている自分を見ている社内メンバーにはよく心配されます。

 

放置されてるように見えるけど、大丈夫か?

新卒がかわいそうじゃないか?

このままじゃ新卒がダメになるんじゃないか?

 

自分のやり方は傍から見ると放置しているように見えるようです。

そもそも自分は手とり足とり教えることをしないですし、傍から見たら放置に見えてもしょうがありません。

 

今までに自分が直接面倒を見た新卒は2人、今3人目を面倒見てます。

先に入った2人は自分のところから離れ、会社の頭脳であるマーケティングチームを担ってます。

しかも一人はチームリーダー。

たかだか1、2年で新卒はいまや会社の中枢です。

 

社内メンバーからは放置しているように見えるのに、なぜ会社の中枢になるようなメンバーを創出できたのでしょうか?

新卒が優秀だったから?育て方がうまかったから?

きっと答えは両方YesでありNoです。

どんな優秀だったとしても、東大卒のニートだっています。どんな育て方がうまくても、誰でも東大にいけるわけではありません。

大事なのは手とり足とり育てようとすることではなく、育とうとする意欲を引き出してあげることです。

大手のようにしっかりした教育プログラムがあるわけではないのですから、大手に勝つために大手に劣る教え方をしたって意味はないと思います。

教えられないのであれば、自ら学ぶきっかけや環境を与えることが成長への第一歩です。

 

とはいえ、ルール無しに単純に頑張れ!学べ!なんて言ったところで何も進歩しません。

ある程度、自分の中での育て方のルールというかポイントはもちろん持ってますので、

少ない経験で言えた立場ではありませんが、経験の中で確かに感触をつかんだ新卒社員の育て方をアウトプットしてみます。

 

少なくとも2ヶ月はよく観てよく聴くこと

相手の特徴を知らずして、教えるなんてことはおこがましいことです。

個性を育てる社会を目指しているのに、誰に対しても共通の教え方で、共通の教科書で教えるのは義務教育までで十分でしょう。

一切のマニュアルやロジック、経験など無視して、とにかくその人の行動、癖、口調、能力、良いところ、悪いところを見ます。

そのためにも、業務は固定せず、何でもトライさせてあげることが肝心です。

一旦相手のことを相手以上に知れたら、教えるべきことは必然的に見えてくるはずです。

 

失敗しない方法を教えるよりも、成功するイメージを与える。

あれもこれもやってはいけない。こんな教え方では、リスク回避の術しか学ばくなります。

こんな夢のない話を希望をいだいて入社してきた若きホープに教えるなんて、目隠ししてディズニーランドに来たようなものです。

夢を見ようとしている人には大いに夢を見させてあげていいんじゃないでしょうか。

「これはやってはダメだよ。」ではなく、「これをこうするともっと良くならないか?」

こんな言い方をしたらきっと良くなるイメージを部下も想像してくれることでしょう。

 

君は俺のコピーじゃない。

自分の右腕になってもらうことは大いに結構なことです。

しかし自分にないパーツを持つようになることはさらに素晴らしいことです。

何が言いたいかというと、右腕は自分の業務を軽減できますが、会社に進化はもたらしません。

これでHappyになるのは私だけです。

それよりも自分より優れる何かを見出させて、自分とは違った個性を発揮させることが会社にとっての財産になります。

 

教えるのではなく教えてもらう。

何でも教えたがるのは傲慢すぎるでしょう。教えたものなんて明日には忘れていることのほうが多いです。

教えても忘れるぐらいなら教えてもらうようにしたらどうでしょう?

「教える」ということは「できる」と同義です。

できないことを教える先生なんていないわけですから教えることができればその時点で、習得しているはずです。

 

自分の成長に責任を持たせる

自分の成長を他人や環境のせいにする人がいます。確かに外的要因は大いに影響します。

しかし、それでも社会に言い訳は通用しません。

ではどうしたら自分自身の成長に責任を持たせられるでしょうか。

私の答えは、私自身が相手の成長に責任を持つ。ということす。

必ず、約束することがあります。

「半年後には君をこの会社の主役にするよ。」

これが自分なりの責任の持ち方と決意表明です。

 

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社会は常に変化します。環境もあっという間に変貌します。

そんなスピード感の中で、変われない人材は時代に置いていかれるだけです。

決して流行りに乗れということではありません。

信念や情熱をぶらさず、自ら新しいことを切り開く変化が必要だということです。

変化を人からさせられる人材ではなく、自ら変化をしていく人材になってもらえたら、もう教えられることは何一つありませんから。

 

それと最後に、社会を知らない新卒部下を育てるということは、今後の人生を左右するとても大事な責務です。

万が一新卒部下を成長させられなかったとしたら、新卒部下が無能なのではなく、上司が無責任なだけです。

これは法律上ではなにも罰せられませんが、人罪だと思います。

そういう心構えで新卒部下と対等しなければ、新卒採用自体をやるべきではありません。

育てる立場とは、生半可な心構えと意思でできるようなことではなく、覚悟を必要とする責務であると心得えるべきです。



部下育成指導?育てるという感覚では部下は絶対成長しない

型にはまった教え方をすることが好きなのは日本人らしいですね。

右向け右、左向け左、何でも実直にこなせる人ほど出世できる腐敗した世の仕組みからの流れでしょうか。

これはもはや昔の考え方。一人の脳を使って多くの人が手足となって動く、一脳多腕と言った感じです。

今の時代には多脳無腕なんて考えはどうでしょう。

脳教師

教育という言葉は、教えて育てるという意味です。

教えて育てると言うことは、自分が知っていることしか教えられず、限界があります。

結局この考え方では、自分を越えるような人材は輩出できず、良くて自分の右腕と言ったところでしょう。

 

英語では「Education」。日本語で教育と訳されますが、本来の意味合いは異なります。

ラテン語の「エドゥーコー」に由来し、 元来“外に引き出す”という意味が語源です。

 

育てる上で必要なことは能力を引き出してあげること。可能性を見出してあげることだと思います。

そのために必要なことは何か?それはたった一つ。

「コミュニケーション」です。

 

え?当たり前でしょ。と思われるかもしれませんが、前述の“外に引き出す”ためのコミュニケーションです。

単に雑談することではなく、意思疎通することです。

 

自分のチームは11人いますが、本当の意味で育てようと思うと、3ヶ月~半年かかります。

しかも一度に見れる人数は2人が自分のキャパでは限界です。

それは自分の席の脇に二人しか置けないからです。

 

人の能力を見極めて引き出そうと思ったとき、そこには絶対的にコミュニケーションが不可欠です。

それには密接に、常にその人のことを考えて、その人と話して、その人と考えなければなりません。

育てるという感覚ではなく、引き出すという視点を持ち、コミュニケーションをとることが第一歩。

 

では、そのコミュニケーションとはどういったものなのか。

  • 考えることを与える
  • 考えさせる
  • 考えたことを外に出させる

この3つの繰り返しを行ないます。

例えば、ちょっとしたことでも、「○○君はどう思う?」ということを常々言うだけでも、考えることを与えられます。

相手の主張を聞くと、その人の考え方や癖、性格まで見極められます。

感覚で言う人、ロジックで言う人、胡散臭い人・・・。

最初は大した意見を言えなかったとしても、何度も繰り返したり、ディスカッションしていく上で質が向上し、

3ヵ月後には立派な意見や主張が言えるようになります。

 

これは一例ですが、能力を引き出すと言うことは教えることではなく、発見してあげること、気付かせてあげること、自信を与えることだと思います。

自分の部署は3ヶ月に1回程度、席替えをしますが、自分の席の近くに着かせた部下を遠くの席に配置するときは、

その人の能力を引き出せたと判断sたときです。

能力があると自覚をし、自信を纏えた人は自分の脳の一端を担えます。

その人がまた自分と同じように人の能力を引き出し、連鎖していけば、いろんな個性を持った脳(考え方)が生まれます。

この考え方が最初に提示した「多脳無腕」。

 

一脳多腕ではトップが欠けてしまうと何も動けなくなりますが、多脳無腕であれば、もし自分が倒れたとしてもなんら支障がないようにできます。

まだそこまでは自分自身も至ってませんが、少なからず自分の手元から巣立った有能な人材が既に何人かいます。

ねずみ講の如く、たくさんの個性ある考え方(脳)が生まれれば、どんなにラクになることか。。。

 

部下育成指導なんていう考え方は今すぐ捨てて、密なコミュニケーションから能力を引き出す考え方にシフトしなければ、今後の人材競争には勝てないどころか生き残っていけないのでは?