怒ることを辞めようと決心した日(※どうでもいい話)

たぶん、学生時代のキレキャラ度は海○蔵氏とタメを張っていたと思う。

もし彼と学生時代に知り合っていたら、今頃彼は病院で寝たきりになっていたに違いない。

彼と知り合いの人がいたら伝えてほしい。俺と出会わないで命拾いしたねって。

 

小さい頃、親父からは親父が学生時代に無期停学になった話を面白おかしく聞かされていた。

幼心にも自分はそんなことにはなるまいと笑い飛ばしていたが、振り返ってみたら謹慎3回を経験したことに気づいた。

 

俺のせいじゃない。これは遺伝だ。親父が悪いんだ。

とりあえず退学にならなくて良かった。

 

1回目の謹慎の時には反省文を感動的に描いてみた。

校長は親の前で「君なら大丈夫だ!」と涙しながら言ってくれた。

まさか数カ月後にまた校長の前に親を連れて行くことになるとも知らずに。

 

俺のせいじゃない。夏目漱石も驚くぐらいの文才を与えた神様が悪い。

校長の毛が薄くなってきたのは確かこの頃からだと思う。

 

そんな破天荒な学生時代を謳歌していたが、そろそろ卒業も近づき少しぐらいは先生に見直される結果をだそうと思った。

成績は普通だったからテストでNo1になるのは無理だと思ったので、運動で結果を出すしかなかった。

マラソン大会で1位を取ろう。

そう決心して、練習を大会の3ヶ月前から始めた。

週に3回、1回あたり15キロは走っていたと思う。

受験勉強やら何やらで、運動をしていない同級生たちに勝つのはそんな難しくなかった。

約18キロのマラソン大会。1時間10分ぐらいで走りきって順位は当然、学年1位。

先生も相当驚いていたと思う。

有終の美を飾れたかに思えた。

最後の通知表を見て愕然とした。体育だけは3年間ずっと最高評価の5を取ってきたのに、

マラソン大会で1位を取った最後の学期だけ、4をつけられたのだ。

職員室に乗り込んで怒り狂って怒鳴りちらしてやった。

 

俺のせいじゃない。優等生過ぎる俺をひがんだ器の小さい先生が悪い。

 

そして卒業。

しかし、俺は学校にみんなより2週間長く通い続けた。

日頃お世話になったことを思い出したら居たたまれなくなり、朝から昼まで掃除をしたのだ。

誰もいない廊下。チャイムがなると後輩たちが、なんで居るの的な目で見てくる。

噂は拡がり、最後のテストでカンニングして謹慎になったことがばれてしまった。

そう、掃除は謹慎の罰。2週間みんな卒業して休みに入っている中、掃除のため登校したのだ。

 

なんとも格好悪すぎる。

今ではネタだが、思い返せば怒ったり悪さしたりで良い思いをした覚えがない。

自分だけならまだしも身近な人まで悲しませたり、がっかりさせたり、痛い思いをさせたりと被害が拡がる。

傷つけた分はまた自分に返ってくる。関係のない人にまで影響をする。

そんなままで大人になっては、どれだけの人を不幸にしてしまうのか恐ろしくなった。

 

人のせいにして怒るのはもう辞めよう。

全部自分のせいにしよう。

 

この瞬間から、俺は仏の域に達したと思う。

優しさの象徴でもあるマザーテレサも論を説く孔子も、怒らない経営で有名な松下幸之助も、

俺と同じ時代に生まれていたら、彼らが有名になることはなかっただろう。

もはや仏のごとく自分を崇拝していたに違いない。

 

酔いつぶれたおっさんが電車で俺の肩に頭を乗せてきても、ウェルカム。

満員電車で足を思いっきり踏みつけられてもなんとも思わない。

スペイン人に殴られてもいい思い出に変換できる。

 

見える世界が変わった。

今までは結果を出しても評価されなかったが、結果を出さなくても信頼してもらえるようになった。

仕事でもお客様から、あなたとやりたい。と言ってもらえるようになった。

ありがとう。と言われる機会も多くなった。

すべては怒りと決別したときから好転したのだ。

拝啓

海○蔵さん。

学生時代のまま大人になっていたら、きっとあなたが飾った一面は自分が占領していたことでしょう。

敬具

しかし、怒りと決別しても、大人しくいたいとは思わない。

普通でいたくないと思う心は変わらず持ち続けたいもの。

だからこれからも49歳まではスケボーで会社に通い続けようと思う。

50歳からはちょっと衰えを考えてキックボードにしておく。

 

・・・たまにはどうでもいい話。

 


【管理職の心得】口を出さないという心構え

きっと管理職のあなたは誰からも認められ、実力もあり、結果を出してきたことでしょう。

そんなあなたは私の悪いところも直すべきところもすべてお見通し。

アドバイスはとても参考になるし、なるほどということばかり。

あなたは優秀な上司だし、尊敬しているし、申し分ないのだけども、どうしたら私は成長できるのでしょう?

できていないことがたくさん目に付きます。

どこがダメかも、どこを直したら良いかも分かっています。

そうだとしても口を出すことはしてはいけません。

一生懸命もがいている人に、横から口を出すことは決して手助けではありません。

手を差しのべる行為自体あなたの傲慢。

単に自分ができるということを証明したいだけじゃないでしょうか。

あるいは手助けをしているという自分の行いに自己満足しているだけじゃないでしょうか。

それは単なる偽善であって、決してその人のためではありません。

その人の事を本心から考えたならば、間違えを分かっていたとしても、こうしたほうが良いという道筋が分かっていたとしても、ぐっと堪えて見守ることも時には大切です。

なぜなら人は教えから学ぶよりも失敗から学ぶことの方が身になるからです。

 

手取り足取り教えたくなる気持ちも分かります。

それはあなたがきっと仕事ができる人だからでしょう。

そんなときは一度立ち止まって、自身の経験を振り返ってみてください。

自分の身となっているものは上司から手取り足取り教わったことでしょうか。

それとも自ら学び、失敗してきた経験でしょうか。

 

黙って見守る心構えも立派な教え方の一つだと思います。

子は子でいて欲しいという親心も分かりますが、巣立たせることこそ本当の親心です。

子はできなくて当たり前。転んで起き上がってまた転んで起き上がるのくり返し。

それを認めた上でもまだ、あなたは自転車の補助輪をつけさせたままで居させることが親心だと思いますか?

きっとそれは子が親離れできないのではなく、親が子離れできないということ。

つまりあなたは、子を巣立たすことのできないお節介焼きのバカ親のようなマネジャーかもしれません。

失敗させる機会を与えられるぐらいのゆとりと心構えがあっても良いんじゃないでしょうか。

 

あなたの仕事は失敗した責任を笑顔で請け負うこと。

ただそれだけで、子は親に迷惑をかけないように巣立とうと一生懸命になって自立していきます。

自立した子は、いつか立派になって帰ってきてくれます。

孝行という貢献の形を手土産に。


チャンスをつかむにはチャンスの存在に気づかなければ無いも同然

チャンスというのは常に存在し、常に巡りめぐっています。

しかしながらチャンスが訪れやすい人と訪れにくい人がいるのにお気づきでしょうか?

どことなく、チャンス=ラッキーというように思われがちですが、決して運で訪れるものではありません。

チャンスというのは運ではなく、呼び寄せたもの勝ちです。

 

それなのに呼び寄せることもせず、口を大きく開けて来るはずのないチャンスという幻想に目をくらませてパクパク。

そこに来るのは釣竿にくっついたトラップだけなのに。

 

チャンスを見つけるにはチャンスというものが何なのかを知る必要があります。

知らずにチャンスを探すのは、ダイヤモンドが何なのかを知らずに鉱山で採掘しろと言われているようなものです。

 

チャンスを言い換えると、それは「与えられた機会」です。

つまり機会を与えてもらえなければチャンスはないということになります。

 

では機会を与えてもらうためにはどうすればいいのでしょうか?

答えは簡単で、その機会を与えられるだけの器を用意できているかどうかです。

 

たとえばエースストライカーになりたい!とわめいたところでチャンスを与えてもらえるとは考えにくいですよね。

自分が機会を与える側だとしたら、寡黙にシュート練習や走り込みをしている人にその機会を与えたいと思います。

エースストライカーになるための器作りをしているかどうかが大切だということです。

ただし、それ以前に自分自身が「エースストライカーになりたい!」という思いがなければ、そもそも機会はこちらを向いてはくれませんので、思いと器の両方を揃えましょう。

 

チャンスを得たあと、そのチャンスをつかめるかどうか、これは大して重要ではありません。

つかめなかったとしてもまたチャンスはすぐにやってきます。

「思い」が雨を呼び起こし、「器」が雨を受けるように、チャンスは無限です。

チャンスを逃す人は器でなく、ざるのごとくチャンスという雨を垂れ流しているだけの違いです。

しかも雨をチャンスとさえ知らずに。

 

その本質に気づけば、チャンスは必ず巡り巡ってきます。

口を開けて待っているだけでは、見せかけのチャンス(トラップ)しか降ってきません。