ネガティブ思考は本当に不要か?

僕の知っている優秀な人の共通点はみんな例外なくポジティブ思考です。

ネガティブ思考を人前に出す人はいません。

でもこういう人たちは実は臆病だったり心配性だったりします。

うちの社長なんかはまさしくこのタイプですね。


だから第三者に意見を求めます。

自分自身がネガティブな思考をしないからこそ、ネガティブな意見を求めます。

ネガティブ思考の中には失敗するかもしれないリスク要因があるからです。

そのリスク要因を潰せば、心配事はなくなり成功する可能性は高まります。

そういった意味でもネガティブ思考は必ず必要なのです。

成功できない人の共通点はネガティブ思考を無視する人だと思います。

ネガティブ要素も無理やりポジティブに考えようとさえします。

例えばこんな感じ。

「この商品、機能はいいけど見栄えがダサいよね。でも逆を言えば個性的だよな。。。」

「ダサい」を無理やり「個性的」に置き換えてしまっています。こんな具合に何でも無理やりポジティブにマイナスのものもプラスに強制変換するわけです。

ネガティブ要素を認めようとしない。というよりもネガティブを受け入れることができない体質といった方が近いかもしれません。

逆にネガティブ思考の人はどうしてもポジティブ思考を受け入れることができず、何でも否定してしまいます。

分かっていても改善するのは難しいと思います。

多分、これ自体は性格というか生理的なものだからです。

僕自身、今だからこそネガティブ志向を大歓迎できるようになりましたが、昔は生理的にネガティブ志向を受け付けてませんでした。

ポジティブ思考とネガティブ思考は互いに本当に意識しない限り、自然とは受け入れられないものなんだと思います。

自然には受け入れられませんが、意識すれば受け入れることができます。

こんな思考回路にすると早いかと思います。

■ポジティブ思考な人
「この商品、見栄えがダサいよね。でも逆を言えば個性的。この個性を活かしつつもっと格好良くするにはどうすればいいだろう。

■ネガティブ思考な人
「この商品、見栄えがダサいよね。何でダサいんだろう。

ポジティブな人は想像力が優れている場合が多いです。その想像力をさらに働かせるような問いを自分自身に与えると良い形でネガティブ要因をプラスに変換できます。

ネガティブな人は要因追求(深堀)をする能力に長けている場合が多いです。であればそのマイナス要因がなんなのかを追求すれば良い答えが見つかるはずです。

結局何をすれば良いかというと、否定のあとも肯定のあとも問いかける癖をつけることです。

何故だろう?どうすればいいだろう? という問いはネガティブな要素もポジティブな要素も全て受け入れられます。

第三者の意見や、違った角度の視点を求めた問いだからです。

文頭の内容に戻りますが、できる人に共通していること。

根本がポジティブ思考であること。そして臆病・心配性であること。

この臆病・心配性こそがすべての答えに対して「何故だろう?どうすればいいだろう?」の問いとなって表にでてきます。

ポジティブ思考はとても良いことです。仕事だけでなく人生を幸せにする能力だとも思います。

ただ、何でもかしこもポジティブに考えれば良いというものでもありません。

例えば、奥さんの料理が不味くてもポジティブに考えて、おいしい、おいしいと言い続けるのは疲れますね。

しかし、ネガティブに不味いといっては相手の機嫌を損ねますね。

例に倣い、根本はポジティブにネガティブなものも受け入れるということを「伝える」に変換して表現すると、

「今日のご飯も相変わらずおいしいね(本当は不味い)。そういえば最近TVで味付けに●●を入れるとおいしくなるって言ってたんだけど、どう思う?今度やってみたらさらに美味しくなるかもね!」

みたいなノリになるかな

ちょっと微妙な例えですが、ポジティブとネガティブを組み合わせて伝えてます。

ついでに「伝える」というキーワードが出てるので参考までに上の例文には2つ「伝える」ためのポイントを入れてます。

ひとつは強制をしていないということと、第三者の意見を入れているということです。

例えば、こうした方がいいよ!というと強制になってしまいます。また、第三者とは今回の例では「TV」がそれにあたります。もしTVではなく、「僕が思うにこうした方がいいんじゃないかな。」みたいな「自論」は見下した感じになってしまいます。

伝え方一つで相手に伝わるニュアンスが全く違うので、どうせ同じことを伝えるなら、快く受け入れてもらえるようにすると家庭も仕事もきっとうまくと思います。

と言いつつも今回の内容も「自論」なわけで、「自論」ばかり考えてる自分はどうかと思いますね(笑)


変化は前向きな能動から

最近モチベーションが上がる出来事があった。

社内の別事業部の人が何でもいいから手伝わせて下さいと言ってきた。

全社売上で見た時、うちの事業部が花形なのに対し、その人の事業部は真逆。

その人はきっと自分自身の存在意義を見出せないでいたと思う。

会社の足を引っ張っていると思ってしまっているかもしれない。

そんな環境の中で彼は、僕のところに勇気を持って来たんだと思う。

うちの会社にもベンチャー精神を持った人がいたんだと、とても嬉しかった。

もちろん僕の答えは、「喜んで。」の一言。 事業部は違えど、心はその瞬間から僕のチームの一員。 彼の熱意はきっとチームに良い影響を与えてくれる。

これでかなり自分の思い描く理想系に近いチームになった。

チームというよりもはやマスターマインドに近いと思う。

 

「マスターマインド」とは、二人以上の、統一した願望や目標を持った人間の集まりのことであり、また、それらの人々の間で行き交う、波長の合った思考のバイブレーションのこと。

 

きっとこの理想系に近い人員が集まって3ヶ月もすれば、チーム全員大きく成長する。

そして彼自身も自分の存在意義を見出せると思う。

すでに熱意と勇気と能動を持っている彼であれば、会社の中心メンバーに成長する可能性もある。

成長は常に変化の繰り返し。

変化を望んだということは自分の成長を宣言するのと同義だと思う。

そしてその変化自体をもたらすのは、唯一、前向きな能動からしか得ることができない。

と思う。

それと変化をはき違える人がいる。

受動的な変化は本当の変化じゃない。

それは意図的に変化させられてしまっているだけ。

信念を持たなければ本当の変化を経験することはできないことを知っておくといいと思う。

 


仕事に不満を持ったら考えて欲しい3つのこと

不満を持つことはとても大切なこと。

不満はマイナス要因としてとらわれがちだけど、決してそんなことはない。

もし不満に思うことが今身近にあるなら、恥じることはなく自分自身に自信を持つべきだと思う。

何故なら不満というのは今の環境や状況の疑問に気付いたからだ。

そこに気付けば、あとはより良くするにはどうすべきかを考えて、行動するだけ。

とは言うものの、ほとんど人は行動に移せない。

そんな人に欠けているのは、大きな要素として3つあると思う。

■当事者意識
不満に対して主体性を持って考えている人は少なく、大抵が単なる愚痴で終わる。 当事者意識を持てば愚痴が意見や主張に変わる。

■思考
不満を漏らすことは簡単だが、何に不満を持って、どうすれば良くなるかを具体化することが重要。 思考を最大限にすれば必ず、自分なりの答えは出る。

■自信
最初から諦めてしまっている人が多い。変化をもたらすには確かにエネルギーを使うが、 不満に耐え続ける労力よりも、自信をもって行動に一歩踏み出る労力のほうが圧倒的に楽だ。

もしこの3つを持っていたとしたら必然的に行動できるはず。

不満は理想への気付き、あるいはきっかけということに気づく。

当事者意識を持って何故不満に思うのか、どうすれば改善できるのかを思考し、

出した答えに自信をもてれば、あとは行動するだけ。

変わらぬ環境に浸り続け、不満に忍耐力を使うパワーがあるのなら、

違う方向へそのパワーを向けたらどうだろう。

僕自身、理不尽なことがあったり、やたらと忙しかったりと仕事の不満はたくさん出てくる。

ただ、不満に思うことを我慢するほど大変なことはない。

永久に抜け出すことができない、ストレスという名の泥沼にはまっているようなもの。

であれば、泥沼を開拓すればいい。

砂を足して固めるのか、日を当てて干上がらせるのか、手段はその人次第。

あえぎ苦しむのか開拓して抜け出すのか、選択も自分次第。

自分ならどっちの選択をしますか?