行動する前に自覚することからはじめよう!

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最近心理術の本を2冊ほど読みました。

ある社長が営業は心理術ということをおっしゃっていたのが印象深かったので、

そこから心理ということに興味を持ちました。

読むと面白いもので、普段何気なく使っている交渉術や営業トークは人の心理を突いた心理テクニックだったりします。

確かに色んな会社から営業を受けますが、心理をうまくついてるなぁと関心に思うことがあります。

ただ、一歩間違えると胡散臭かったりもするので小手先ではダメですね。

前提に、商品が優良であり、その人自身に知識と情熱がない限り、長続きはしないと思います。

 

さて、心理とはまた違うレイヤーの話ですが、誰でもやることに「意義」を見出すと、行動の質が変わります。

意義もなく、なんとなくやっている作業や仕事はどこか適当になってしまったり、怠けがちになってしまう経験はないでしょうか。

もし意識的に意義を付加することができればきっとパワーが満ち溢れて苦が苦じゃなくなると思います。

意義を持たせる唯一の方法は「自覚」です。

行動するにあたってそれが重要なことなのか、やりたいことなのか、必要なことなのか・・・

すべてYESと答え、自覚できれば意義が生まれ行動は必然的に起こります。

よく、何事も行動からと言いますが、実はそれではあまり意味がないんじゃないかと思います。

全ての基点は自覚から始まり、意識し、行動に変化することだ思います。

 

上記は自分自身においても有効ですが、それ以上に人をマネジメントする上で、とても有効的です。

部下にその仕事に意義を見出させ仕事の質を向上させることができます。

例えば同じ仕事を依頼するにも、伝え方で質が大きく変わります。

下記の2通りの依頼で、どちらの伝え方が有効的だと思いますか?

 

・この仕事は会社にとってとても重要だからすぐにやっておいて。

・この仕事は会社にとってとても重要だと思わないかい?そう思うなら最善を尽くそう。

 

答えは後者です。

なぜか。

重要だと思わないかい?の質問を投げかけた際に「重要だと思います」と本人が返答したのならば、それは自分自身が重要だと自覚したことになるからです。

逆に前者は「強制」になります。相手の意志を無視しての依頼のため、自発的な行動にはなりません。

自覚すれば、それをやる意義が見出され、仕事の質が変わります。

 

【結論】

同じ「行動」するにもちょっとしたことで感情や意識が変わる。

自覚すれば行動に意義が生まれる。


殻から抜けるには全てを受け入れることから

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人生の財産はなんですか?

ある人に言わせるとそれは「経験」と答えます。

確かにこの人の言うとおり経験しないことには何も喜びを得ることはないなぁと思います。

経験は自ら行動すればできます。

でも日常的には自ら行動しなくても経験を与えてもらうケースの方が多いんじゃないでしょうか。

例えば仕事の依頼とかがそうです。

仕事の依頼を拒んだ経験がありませんか?

自分も最近遠回しに拒んだことありました。

最近気付いたことですが、拒む必要性は全くないことを知りました。

経験を与えてもらうことをあえて拒むのは人生の財産を自ら捨てるようなものなのかもしれないと考えるようになったからです。

 

経験や苦難を乗り越えている人の顔は明らかに違います。

前述のように経験こそ人生を豊かにする源なんだと思います。

そう考えると課題を与えてもらうことがどれだけありがたいことなのか。

 

来期、僕は今率いているマーケティングチームに加え、営業を兼務する予定です。

最初なんてリスクを取るんだろうと疑いの念をもちました。

会社のことを考えたら現在のチームに注力した方が間違いなく競争力は高まると考えていたからです。

そういう意味で僕は社長にも伝えました。

社長はそんなこと100も承知で僕に数字予算持たせると言います。

それが俺のためだからだと言っていました。

正直その本意が分からないでいましたがようやく、分かった気がします。

単純に僕に経験を与えるためなんだと思います。

自分はそれを拒もうとしていました。

ここは拒むところではなく、感謝すべきなんだと思います。

会社はわざわざリスクを負ってまで僕に経験という財産を与えようとしてくれているわけですから。

 

【今回の教訓と心得 】

まずは全てを受け入れることから経験は広がる。 自分が思っている経験とは自分の殻の中での経験に過ぎない。 殻を破るには外部から破壊してもらうのが手っ取り早い。 そのためにやるべきことは受け入れるためのドアをたくさん設置して常に開けておくことだ。 心のドアをオープンに。

※何事も受け入れる前に経験に値するものかを見定める必要性はある。


見栄っ張りはカッコ悪い!

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僕の父は見栄っ張りです。

その遺伝子を継ぐ自分もとっても見栄っ張りだったと思います。

人に良く見られたい。評価されたい。尊敬されたい。。。

身の丈に合わないブランド時計を買ってみたり、数万円する高級イヤホンを買ってみたりと今思えば何のために見栄を張ったのだろうと疑問に思います。

見栄から得たものは何もありません。

学んだことは見栄とはマイナスな要因でしかないということです。

だから見栄を張るのはやめました。


見栄を張るということはどういうことか。

人に影響されて生きる人生を歩むということです。

それはとっても大変なことです。

裏を返せば自分はどうありたいかではなく、人にどう見られたいかで生きています。

こういう人は物事になんでも勝ち負けで判断し、優劣をつけたがります。

自分よりも劣るものは見下し、自分よりも勝るものにはゴマすりと忙しい人です。

そして自分に自信がない人です。


人の意見を参考にしても、人の意見に流されてはいけません。

自分で選択と決断ができなければせっかくの頭はあってないようなものになってしまいます。

誰にどう思われたいかではなく、自分はどうありたいかを考えるべきです。

誰になんと言われようと信念を持っているならそれを曲げてはいけません。

※強情とか意地とかは信念ではないのでその辺は注意!!

自分よりも他人の言うことを信じるんですか?

それは正気じゃないですね。

他人に人生を任せて楽しい人生なんてありませんよね?

それじゃあテレビゲームに出てくる主人公と変わりありません。

僕が握っているコントローラに操作され、自ら自分を動かすことができないドラクエの主人公です。

早く自分でコントローラを握って人生を始めましょう。


それを伝えたい人がたくさんいるのが残念です。

それを知らない人が多すぎる現実が悲しいです。