【管理職の心得】口を出さないという心構え

きっと管理職のあなたは誰からも認められ、実力もあり、結果を出してきたことでしょう。

そんなあなたは私の悪いところも直すべきところもすべてお見通し。

アドバイスはとても参考になるし、なるほどということばかり。

あなたは優秀な上司だし、尊敬しているし、申し分ないのだけども、どうしたら私は成長できるのでしょう?

できていないことがたくさん目に付きます。

どこがダメかも、どこを直したら良いかも分かっています。

そうだとしても口を出すことはしてはいけません。

一生懸命もがいている人に、横から口を出すことは決して手助けではありません。

手を差しのべる行為自体あなたの傲慢。

単に自分ができるということを証明したいだけじゃないでしょうか。

あるいは手助けをしているという自分の行いに自己満足しているだけじゃないでしょうか。

それは単なる偽善であって、決してその人のためではありません。

その人の事を本心から考えたならば、間違えを分かっていたとしても、こうしたほうが良いという道筋が分かっていたとしても、ぐっと堪えて見守ることも時には大切です。

なぜなら人は教えから学ぶよりも失敗から学ぶことの方が身になるからです。

 

手取り足取り教えたくなる気持ちも分かります。

それはあなたがきっと仕事ができる人だからでしょう。

そんなときは一度立ち止まって、自身の経験を振り返ってみてください。

自分の身となっているものは上司から手取り足取り教わったことでしょうか。

それとも自ら学び、失敗してきた経験でしょうか。

 

黙って見守る心構えも立派な教え方の一つだと思います。

子は子でいて欲しいという親心も分かりますが、巣立たせることこそ本当の親心です。

子はできなくて当たり前。転んで起き上がってまた転んで起き上がるのくり返し。

それを認めた上でもまだ、あなたは自転車の補助輪をつけさせたままで居させることが親心だと思いますか?

きっとそれは子が親離れできないのではなく、親が子離れできないということ。

つまりあなたは、子を巣立たすことのできないお節介焼きのバカ親のようなマネジャーかもしれません。

失敗させる機会を与えられるぐらいのゆとりと心構えがあっても良いんじゃないでしょうか。

 

あなたの仕事は失敗した責任を笑顔で請け負うこと。

ただそれだけで、子は親に迷惑をかけないように巣立とうと一生懸命になって自立していきます。

自立した子は、いつか立派になって帰ってきてくれます。

孝行という貢献の形を手土産に。


チャンスをつかむにはチャンスの存在に気づかなければ無いも同然

チャンスというのは常に存在し、常に巡りめぐっています。

しかしながらチャンスが訪れやすい人と訪れにくい人がいるのにお気づきでしょうか?

どことなく、チャンス=ラッキーというように思われがちですが、決して運で訪れるものではありません。

チャンスというのは運ではなく、呼び寄せたもの勝ちです。

 

それなのに呼び寄せることもせず、口を大きく開けて来るはずのないチャンスという幻想に目をくらませてパクパク。

そこに来るのは釣竿にくっついたトラップだけなのに。

 

チャンスを見つけるにはチャンスというものが何なのかを知る必要があります。

知らずにチャンスを探すのは、ダイヤモンドが何なのかを知らずに鉱山で採掘しろと言われているようなものです。

 

チャンスを言い換えると、それは「与えられた機会」です。

つまり機会を与えてもらえなければチャンスはないということになります。

 

では機会を与えてもらうためにはどうすればいいのでしょうか?

答えは簡単で、その機会を与えられるだけの器を用意できているかどうかです。

 

たとえばエースストライカーになりたい!とわめいたところでチャンスを与えてもらえるとは考えにくいですよね。

自分が機会を与える側だとしたら、寡黙にシュート練習や走り込みをしている人にその機会を与えたいと思います。

エースストライカーになるための器作りをしているかどうかが大切だということです。

ただし、それ以前に自分自身が「エースストライカーになりたい!」という思いがなければ、そもそも機会はこちらを向いてはくれませんので、思いと器の両方を揃えましょう。

 

チャンスを得たあと、そのチャンスをつかめるかどうか、これは大して重要ではありません。

つかめなかったとしてもまたチャンスはすぐにやってきます。

「思い」が雨を呼び起こし、「器」が雨を受けるように、チャンスは無限です。

チャンスを逃す人は器でなく、ざるのごとくチャンスという雨を垂れ流しているだけの違いです。

しかも雨をチャンスとさえ知らずに。

 

その本質に気づけば、チャンスは必ず巡り巡ってきます。

口を開けて待っているだけでは、見せかけのチャンス(トラップ)しか降ってきません。


後悔には良い後悔と悪い後悔がある

事が終わった後でいくら悔やんでも、手遅れで取り返しはつかない様を「後悔先に立たず」と言います。

この後悔は何かをした結果が、自分の期待値に伴わなかったときに表れる感情です。

例えば野球の試合で負けて悔やんでいる様は、まさしく後悔先に立たず。

もっと練習しておけば良かったと悔やんでも手遅れということです。

 

しかしこれは良い後悔だと思います。

何かに挑戦したからこそ生まれる感情なのですから、きっと後悔を糧に次の挑戦へと踏み出せるきっかけとなります。

 

逆に悪い後悔とは、何も事を起こさず、最初から諦めてしまうことです。

「後悔後に立たず」

そんな言葉は存在しませんが、何も挑戦しなかったことに対して後になって後悔することは最も価値のない後悔です。

 

あきらめたらそこで試合終了ですよ・・・?(スラムダンク)

安西先生もお叱りです。

 

挑戦すること、挑戦し続けること。

挑戦したことに対しての後悔であれば必ず身になります。

 

後悔を恐れてアクションすることから逃げていたら、後悔後に立たず。

 

きっと気づかないだけで似たようなシチュエーションは身近にもたくさんあると思います。

デートの誘い然り、告白然り、親への孝行然り。

 

もちろん自分も「後悔後に立たず。」を幾度と経験してますが、そこから得たものは皆無です。

逆に当たって砕けろ!の覚悟でアクションを起こしたことに対しては奇跡が起こることを知りました。

 

歳をとった自分を想像して、孫に自分はどんな話をしているのだろう。

後悔の話だろうか、奇跡の話だろうか。