カテゴリー : 日記

何歳になっても本気でいたいと思う夏の終わり。

本気で何かに没頭できる人が好きだ。

それは仕事でもスポーツでも、芸術でもゲームでも何でもいい。

年をとると少しずつ薄れてきてしまう事なのかもしれない。

それでも自分の周りには仕事に本気な人、遊びに本気な人、恋愛に本気な人、

本気な友人がたくさんいるおかげで、自分も本気でいられる。

そんな友人ばかりに囲まれて過ごせる僕は幸せものだ。

 

夏の終わり。

山奥の体育館に「ダン、ダン」と鳴り響く音。

舞い上がる汗の飛沫。

都内が猛暑に見舞われたのはおそらく僕らの熱気が山上から下ったせいだろう。

 

こんな夏が30歳越えても続くことを願う。

恒例の1泊2日バスケ合宿。

冷涼な風と川がなんとも風情な山上の宿にて日夜バスケに明け暮れる。

ただそれだけの過酷で最高に楽しい男旅。

20後半のいい大人が学生時代の感覚に戻れる青春旅行でもある。

 

また来年の夏の終わりに都内が猛暑に見舞われるかもしれないが、広い心でどうか皆さん許して欲しい。



夏の海とバーベキューと乱闘(逗子の海岸にて)

今回は20人ちょっと集めてのバーベキューを開催し、たくさんの仲間が逗子の浜辺に集まってくれました。

僕らのいいところは友達の友達だとか、まったく見ず知らずの人でも一瞬で仲良くなれることです。

本当に熱い男たち、綺麗な女性たちとお酒を交わせたことは最高の贅でしたね。

 

夜になれば花火。大の大人がまるで学生に戻った感覚で大はしゃぎ。

この企画は毎年やっていくことにします!

 

来てくれたみんな、ありがとう。

 

と、途中までは良かったんですが、活きのいいやんちゃ者が夜の海にはいるもので、

変な因縁つけられて日本在中らしきスペイン人たちと乱闘になってしまいました。

こっちは大人な対応をしようにも、まぁしつこい。

何もしてない自分に「お前だけは許さねぇ。」と連呼されたところで、俺はお前を知らなねぇんだけどとしか言いようないでしょ。

久しぶりに血が騒ぐこの感触は嫌いではないんですが、手を出したら負けだし、さらに周りにも迷惑がかかってしまうので、

昔よりは随分と冷静にいれた自分に大人になったなと自己満足。

なぜか因縁をつけてきたやつでなく、隣にいたヒョードル見たいなのが脇からいきなり不意打ちで顔面3発。

その場はみんなが止めてくれたので大乱闘は防げましたが、殴られ損です。

思いのほか、顔には殴られたような跡はないので一安心ですが、歯の噛み合わせは1cmずれた感覚。

 

まぁ、相手もふっかけた喧嘩で引き下がりようがないでしょうから仕方ないですね。

情熱の国に生を受けただけあって、威勢は半端なく良いものもってました。

それだけ熱い感情を表に出すのは自分の感覚にも近いので、きっとスペインは自分の体質にも合いそうな気がします。

そんなことを勝手に思ったり考えたりとってことで、次に海外行くのはスペインにします。

 

・・・そんなことはどうでもよく、良いように考えると、これをきっかけに友達との友情がより深まったので

得るもののほうが個人的には多かったです。

朝まで一部の友達と飲み明かしましたが、本当に熱く、笑かしてくれます。最高の友人たちです。

 

いろいろあったバーベキュー企画でしたが、ある意味一生忘れない思い出となり、自分にとっては最高でした。

ただ、せっかくの楽しい場をぶち壊してみんなに迷惑をかけてしまったことは反省します。

この埋め合わせは、また別の企画ですることにします。



七夕と願い事。「いつか」はいつまでも来ない。

今日は七夕。

↑大好きな浅草寺裏の柳通り(笹がないので柳にお祈り?)

願い事をすることは極力しないようにしている。

「いつか○○になれますように。」

そんな軽い気持ちでの願い事が叶ったという話を聞かないし、うちの社長も神様、仏様の前ではお願いではなく、感謝をするんだと言っていた。

普段感謝もされないのにこういう時だけ一方的に願いを言うなんて勝手だ!というのが社長の見解らしい。

そんなことを考えながらいつもどおり浅草寺脇の帰り道を歩いていると、自然と足が本堂へ向かっていた。

人の気配のない夜の浅草寺は静寂で、目を閉じると風の心地よい音だけが聴こえてくる。

もう自分もいい大人だとつくづく思う。

 

「いつかは何かをやりたい。」そう思いながら過ごしてきた社会人生活。

決して悪いものではなかったなと思う。

 

一時の後悔が一生の後悔にならないよう、今日は久しくしていないお願い事をしてみた。

来年は自分にとって新しい人生にしようと前から思っている。

「いつか○○になれますように」ではなく、「いつまでに○○をやる」に願い事も変わっていた。

 

いつかやりたい。いつかやろう。

そう思いながら歳を食う日々はやるせないだけだ。

「いつか」はいつまでも来ないことを誰もが知っているのに、この言葉を使う。

それは相手へだけでなく、自分に対してもそうだ。

 

いつかやる。いつかやってやる。

その情熱は歳を重ねるごとに変化する。

言い訳という形で、いつのまにか「仕方ない」に置き換わる。

無理に自分を納得させようと、できない理由を棚に上げる。

 

「いつか」はあっという間に過ぎてしまう。

一時の後悔が永遠の後悔にならないように。時間を粗末にしないように。

 

——-

柳に願い事とはアンチなことと思いつつ、敬意を払いスケボーで疾走してみた。