カテゴリー : どうでもいいこと

自分のスタイルがなきゃお前の人生終わりよ

他人の目を気にしすぎるな。世の中に恥ずかしい物なんて何も無い。

ただ恥ずかしいと思ってしまっているお前がいるだけだ。

 

いちいち落ち込むな。失敗ってのはなにかやったことに対しての出た答えだ。

挑戦しただけお前はかっこいいよ。傍から見ながら行動しない木偶の坊よりよっぽどマシだ。

 

リスクって知ってるか。何もやらないことをリスクっていうんだ。

 

可能性ってのは信じることよ。0.1%の確率でもあればやり続ければ確率は上がる。

いつか100%になるってもんよ。

諦めたらある確率も0%にしかならんだろ。

 

頑張ってるって?笑わすんじゃないよ。

評価ってのは自分でするもんじゃない。他人に認められて始めて評価だ。

いくら頑張ってるって自分が言ってもそれは自分への単なる慰めだ。

そんな惨めな発言よくできるな。だせぇよ。

 

言わないことが美徳だなんて思うなよ。

言わないってのは単なる卑怯者だ。

 

聞く耳を持て。

批判を真摯に聴けなけない奴は臆病者だ。

逃げるんじゃないよ。自信ががあるなら堂々と居座れ。

 

不満があるんだってな。それは何に対してだ?

よく考えてみろ。その不満の根源は自分自身への不満じゃないか?

人や環境のせいにしちゃいかん。

どんな環境でもどんな相手とでも楽しめるようになりゃいいだけだ。

お前の人間力を磨け。

 

嘘は嘘をついた分、自分の価値を失うぞ。

それは自分へ嘘をついたことになるからな。

わざわざ価値を下げるようなことするなんてどんなアホだよ。

 

自分への愛情を持て。

自分に愛情を注げない奴が人に愛情を注げるわけねぇからさ。

 

優秀になろうとするな。常に非凡でいろ。

優秀だと思った瞬間から誰かと比較をしていることになるからな。

そういう奴は大抵性格が悪くなるんよ。人の悪口や自分の頭の良さを語り始める。

 

いいか、比較するのは自分だけにしろ。

昨日の自分を否定しろ。明日の自分へ希望を持て。

 

1〜10まで全力でやる必要はない。マラソンだって最初から50M走る勢いで挑むバカはいないだろ。

勝負どころを見極めろ。そこだけは外すな。ビジネスにも恋愛にも人生にも勝負どころがある。

2球見逃しても最後の1球は全力でバックスクリーンに持ってけ。それで勝ちだ。

 

思い通りにいくと思うな。そうすれば大抵のことはストレスにならない。

思い通りにいかせようとするからうまくいかなかった時ストレスになるんだ。

 

病は気からは本当だ。情熱を燃やしてるやつでへばった奴を見たことがない。

情熱燃やせばウイルスも近寄らんよ。

 

困ってるひとを絶対拒むな。手を差し伸べるだけでハッピーにさせることができるんだぞ。

そんな幸せなことが当たり前にできる奴は絶対ハッピーな奴よ。

 

これをみてどう思うか。

馬鹿だと思うか。

共感するか。

何とも思わないか。

捉え方は何でもいい。

 

ひとつ言えるのはどう思われようが誰に何を言われようがどうでもいい。

自分がどう思うか、どう考えるか。

それが一番重要よ。

 

って、自分より若いとある奴が言いそうなことを書き出してみたw



ブログを続ける本当の理由

ブログを書く人なら何かしらの理由があって書いているに違いない。

目的を持たない限り、きっと3日坊主で終わる。

 

なんだかんだで自分もブログを書き始めて7年が経つ。

数少ないやり続けていることの一つだ。

その中でも月一回以上の更新。というルールは今でも守り続けている。

誰しもやり始めは勢いよくやるものだが、ネタが尽き、飽きてしまい、そして辞めてしまう。

 

成功の法則があるとしたらその一つは習慣だと思う。

事を成す人は良い習慣を持っている。

誰のためでもなく自分のための良い習慣を身につけるためにブログは適していると感じる。

始めたきっかけはそんな深い考えではなかった。

こんな奇跡が起こるまでは。

 

※以下少し長くつまらない内容なのでご注意

 

ファッションの専門学校を卒業して、古着屋に勤め始め半年が経った。

オンラインショップを任されていた自分はWEBの楽しさやWEBの未来に強烈な興味を持った。

どうしてもWEBに携わりたい。でもファッションも大好きだ。

そんな欲張りな自分の理想にふさわしい会社があることを知り、すぐに連絡を取り履歴書を送った。

新卒同様の自分がWEBの知識もないのにその会社に入るには普通じゃ無理だと感じ、履歴書はイラストレーターで作り、上質紙で印刷。

まずは普通とちょっと違うという違和感を与えたかった。

功を奏したかは分からないが面接に応じてくれた。

一次面接。一般的な大学生のような就活を一切していなかったし、スーツを着たのも何年ぶりだろう。

とても緊張したのを覚えている。

とにかく情熱とどんな雑務でもできるという意思を全面に押し切り、一次面接、二次面接、三次面接を経てやっと社長面接。

事前に社長面接は形だけだと聞かされていたので、安心しきっていた。

受かったら景気付けにブログでも始めてみんなに自慢でもするか。と思いながら社長面談に臨んだ。

社長との面談は、全然うまくコミュニケーションが取れなかった。

面談というより社長の雑談と言ったほうが正しい表現だろう。

適当なおっさんだなぁと当時は思った。

 

結果、落ちた。

 

もうこの会社しかありえないと思っていたので古着屋も辞める意志を伝えているし、かといって他の会社を受けたいという理由が見つからない。

見事に受かって始めようと思っていたブログだったが、暇だし何か自分を変えたいと思ったので始めることにした。

ブログのタイトルをどうしよう。

日記なんか書いてもしょうがないし、自分の人生の設計書にしよう。

LIFE STYLE PLANとした。

そしてまず書いたこと。

挫折について。21歳の僕はこんな記事を書いた。


人生において挫折は付きもの。

そんなことは100も承知だけどやっぱり挫折はつらいですね。

そんな挫折を最近経験しました。

現在転職活動中ですが、ものすごく入りたいと思う企業に応募し、最終面接までこぎつけましたが結局不採用となりました。

確かにつらいですけど、これを引きずってもどうしようもないので次を探そうと思います。

それはいいとして、言いたいのは挫折にも種類があるなということ。

正確には3つ

 

1.挫折を引きずる

2.挫折しても平気(なんとも思わない)

3.挫折から学ぶ

 

自分は良い、悪いは別として3でした。

挫折から学ぶというのはそれを糧にしてどうステップアップしていくかということ。

当たり前のようですがこれって結構難しいと思います。

今回の僕の場合は、落ちたことで自分に足りないものってなんだ?ということを考えさせられました。

その結果自分に足らないものが明白に分かりました。

なのでその明白になった足りないものを勉強、あるいは補えばいいということです。

とまぁここまでは簡単というか、単純な考えですね。

何より大事なのはそう思った瞬間に行動に移せるかどうか。

明日でいいや。あさってっでもいいだろ。そう思った瞬間に即行動に移せた人との差は絶大なものになると思います。

 

自分はブログを書くという行動を起こした。

結果、後日面接してくれた方が自分のブログをたまたま発見してくれて社長に伝えてくれたそうだ。

アルバイトからでも良ければ働かないかと言ってくれた。

良事行動すれば何かが起こる。あるいは引き寄せる。行動しなければ可能性は0だった話だ。

 

ブログをやり続けている理由はいくつかある。

  • 行動し続けることが奇跡を起こす唯一の方法であるから。
  • アウトプットして、はじめて伝わる思いが整理できるから。
  • 人生に責任を持ちたいから。

 

何かを始めれば何かが変わる。

ネタが尽きたら成長が止まったという危険信号。

 

このブログのどうでもいい裏話。



怒ることを辞めようと決心した日(※どうでもいい話)

たぶん、学生時代のキレキャラ度は海○蔵氏とタメを張っていたと思う。

もし彼と学生時代に知り合っていたら、今頃彼は病院で寝たきりになっていたに違いない。

彼と知り合いの人がいたら伝えてほしい。俺と出会わないで命拾いしたねって。

 

小さい頃、親父からは親父が学生時代に無期停学になった話を面白おかしく聞かされていた。

幼心にも自分はそんなことにはなるまいと笑い飛ばしていたが、振り返ってみたら謹慎3回を経験したことに気づいた。

 

俺のせいじゃない。これは遺伝だ。親父が悪いんだ。

とりあえず退学にならなくて良かった。

 

1回目の謹慎の時には反省文を感動的に描いてみた。

校長は親の前で「君なら大丈夫だ!」と涙しながら言ってくれた。

まさか数カ月後にまた校長の前に親を連れて行くことになるとも知らずに。

 

俺のせいじゃない。夏目漱石も驚くぐらいの文才を与えた神様が悪い。

校長の毛が薄くなってきたのは確かこの頃からだと思う。

 

そんな破天荒な学生時代を謳歌していたが、そろそろ卒業も近づき少しぐらいは先生に見直される結果をだそうと思った。

成績は普通だったからテストでNo1になるのは無理だと思ったので、運動で結果を出すしかなかった。

マラソン大会で1位を取ろう。

そう決心して、練習を大会の3ヶ月前から始めた。

週に3回、1回あたり15キロは走っていたと思う。

受験勉強やら何やらで、運動をしていない同級生たちに勝つのはそんな難しくなかった。

約18キロのマラソン大会。1時間10分ぐらいで走りきって順位は当然、学年1位。

先生も相当驚いていたと思う。

有終の美を飾れたかに思えた。

最後の通知表を見て愕然とした。体育だけは3年間ずっと最高評価の5を取ってきたのに、

マラソン大会で1位を取った最後の学期だけ、4をつけられたのだ。

職員室に乗り込んで怒り狂って怒鳴りちらしてやった。

 

俺のせいじゃない。優等生過ぎる俺をひがんだ器の小さい先生が悪い。

 

そして卒業。

しかし、俺は学校にみんなより2週間長く通い続けた。

日頃お世話になったことを思い出したら居たたまれなくなり、朝から昼まで掃除をしたのだ。

誰もいない廊下。チャイムがなると後輩たちが、なんで居るの的な目で見てくる。

噂は拡がり、最後のテストでカンニングして謹慎になったことがばれてしまった。

そう、掃除は謹慎の罰。2週間みんな卒業して休みに入っている中、掃除のため登校したのだ。

 

なんとも格好悪すぎる。

今ではネタだが、思い返せば怒ったり悪さしたりで良い思いをした覚えがない。

自分だけならまだしも身近な人まで悲しませたり、がっかりさせたり、痛い思いをさせたりと被害が拡がる。

傷つけた分はまた自分に返ってくる。関係のない人にまで影響をする。

そんなままで大人になっては、どれだけの人を不幸にしてしまうのか恐ろしくなった。

 

人のせいにして怒るのはもう辞めよう。

全部自分のせいにしよう。

 

この瞬間から、俺は仏の域に達したと思う。

優しさの象徴でもあるマザーテレサも論を説く孔子も、怒らない経営で有名な松下幸之助も、

俺と同じ時代に生まれていたら、彼らが有名になることはなかっただろう。

もはや仏のごとく自分を崇拝していたに違いない。

 

酔いつぶれたおっさんが電車で俺の肩に頭を乗せてきても、ウェルカム。

満員電車で足を思いっきり踏みつけられてもなんとも思わない。

スペイン人に殴られてもいい思い出に変換できる。

 

見える世界が変わった。

今までは結果を出しても評価されなかったが、結果を出さなくても信頼してもらえるようになった。

仕事でもお客様から、あなたとやりたい。と言ってもらえるようになった。

ありがとう。と言われる機会も多くなった。

すべては怒りと決別したときから好転したのだ。

拝啓

海○蔵さん。

学生時代のまま大人になっていたら、きっとあなたが飾った一面は自分が占領していたことでしょう。

敬具

しかし、怒りと決別しても、大人しくいたいとは思わない。

普通でいたくないと思う心は変わらず持ち続けたいもの。

だからこれからも49歳まではスケボーで会社に通い続けようと思う。

50歳からはちょっと衰えを考えてキックボードにしておく。

 

・・・たまにはどうでもいい話。