自信は劣等感とプライドの中に在らず

劣等感を持つ人が意外と多い。変なプライドを持つ人が意外と多い。

これらを持つ人の特徴は自分に自信がない人達だ。

 

一見、プライドの高い人は自信を持っているかのような口調や振る舞いをする。

しかしそれ自体が本質的な自信の無さを見せたくないがための防御策なだけにすぎない。

 

学歴が高ければ劣等感を持つことはないが、不要なプライドを持ちやすい。

学歴がなければ不要なプライドはないが劣等感を持ちやすい。

 

もし新人の部下にこれらどちらかを持つ人がいたとしたら、まず私はそれらを捨てさせる。

例えば学歴が高く、プライドが高い新人に対しては徹底的に雑務をやらせる。

そうすると学歴の高い部下は必ず不満を持ってこう言ってくる。

 

○○さんは私につまらない仕事しかさせてくれないんですね。

こんな仕事をするために私はこの会社に入ったんじゃないです。

 

この反応は正しい。エリートで今まで来たのに、草刈りをやらせているようなものだから当然だ。

しかしながら本当に伸びしろのある人間はどんな環境にしろ、自分の与えられた環境で最善を尽くすことができる。

 

私はこう返答する。

 

○○さんは隣の学歴のないAさんより草刈りが随分遅いようですね。

草刈りでさえ一番になれない人にどうしたら面白い仕事をさせてあげらるでしょう?

 

もし、まともな人であれば気づくはずだ。

不要なプライドが邪魔をして、となりの学歴のないAさんより自分自身が役立たずだったことを。

 

さて逆に劣等感のある人材に対してはどうするか。

それは簡単だ。

 

その人が一番になれることをやらせるだけだ。

それが草刈りであれば草刈りをやらせればいい。

 

劣等感があるがゆえ、自分ができることに対してはとことんやってくれるだろう。

 

ふと振り返ったら気づくはずだ。

となりの高学歴の人より、草刈りにおいては勝てるということを。

 

それが自信となり階段を駆け上がり始める。

 

 

改めて自分を振り返ってみると良い。プライドにすがってないか。劣等感に打ちひしがれていないか。

それは自信がないがゆえに生じるもの。

 

自信をつけるためにはそれらと決別することだ。

そして何事にもどんな環境にも関係なく、最善を尽くすことだ。

 

孔子の孫、子思が著した『中庸』一節にある言葉。

君子は其(そ)の位(くらい)に素(そ)して行い、其の外(ほか)を願わず


立派な人物は自己に与えられた環境の中で、運命を呪ったり不平不満を言ったりせず、精一杯の努力をし、それ以外のことは考えない、という意味。



 



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