アーカイブ : 2012年 1月

今の若者は覇気も夢もない奴が多いと言われるので少し考えてみた

今の若者には覇気がない。

昔はもっと活気もあってみんな毎日を必死に生きていたもんだと、先人は言うのです。

 

お前ら若者は何に熱中してるんだ?

楽しみは何なんだ?

それで人生楽しいか?

昔はモノもなく、今はモノに溢れて幸せじゃないか。

 

不自由もなく、そんな貧富の差もなく、当たり前のように高校に進学し、当たり前のように専門あるいは大学に進学。

そう考えると先人たちのこの言葉や発言は確かに正しいと感じます。

 

夢を形にしてきた先人たちが望んだ世界に私たちは生きています。

幸せな時代に生きています。

 

ただ、幸せな時代である一方で、不幸な時代でもあると感じます。

先人たちが夢を持って築き上げたこの世界は私たちの夢や欲望を既に満してしまっているのですから、

誰しもがこの時代に夢を持って世の中を変えようなどと思えるほど不満もなければ欲もないのです。

手に入らないものを手に入れたいと思うことは人間の本能。

逆に簡単に手に入るものに対して必死になることがどうしたらできるでしょう。

 

300円で牛丼が食べらる時代です。

50年前に生きた人であれば牛丼を食べるために必死に働いて牛丼にありつくことを夢のように思ったかも知れません。

バナナも昔は高級果物だったと祖父から聞かされた記憶があります。

バナナのためにがむしゃらに今の時代で働けますか?牛丼のために必死で働けますか?

今の時代は必死にならずとも多くのものが手に入りすぎるのかもしれません。

空気のない宇宙では空気に誰もが感謝します。水のない砂漠地帯では誰もが水に感謝します。

全てに満ち溢れたこの環境で、何に感謝してますか?

 

覇気がないというのはどこに情熱を燃やしたら良いのか分からない人が多いだけのように思います。

それだけ今の時代は充実していて何も考えずとも手に入り、それなりに収入も得られ、楽しむためのエンターテイメントもネットにつながればいくらでもあります。

そんな充実してしまっている環境の中で心底がむしゃらに情熱を燃やせる人が少ないのは当然の摂理なのかもしれません。

さらに追い打ちをかけるかのごとく現実逃避ができるゲームが当たり前になり、貴重な思考の時間を完全に奪われてしまいます。

テレビもそうです。

思考が、完全に停止し、あっという間に時間が過ぎ去る。

この世の中には逃げ道がたくさん存在しすぎます。

 

夢や希望を持たなくともそれなりに楽しいと思えるツールも情報もモノもあり、最低限の収入も稼げる。

選択肢や逃げ道が多ければそれだけ多様性に富んだ生き方が存在します。

だから昔より覇気がないと思われてしまう人が多くいても当然です。原理原則なのですから。

 

昔と違うのは選択肢の幅。

生き方のスタイルも多種多様。 だから何が悪いわけでも誰が悪いわけでもありません。

日々仕事に熱中して夢を語ることだけが選択肢でもありません。

ゲームやテレビに時間を使うことがその人にとって至福の時であればそれも悪いことじゃありません。

それを悪とするのであればフジテレビや日テレなり訴えられてしかるべきであり、今急成長のモバゲーやグリーなんかは大罪になります。

そうならないのは多様な生き方に対して楽しみを提供しているからでしょう。

 

先人たちが創り上げたこの世界は、最高に居心地がいい。

温室育ちの私たちは昔ほど必死になることなんてなかなかできません。

 

だからあえて先人たちに改めて気づいて欲しい。

私たちはたくさんのモノやカネを求めてないんだ。だからもう与えるのは辞めてくれ。

裕福太りはもう御免だ。

それよりも太った脂肪を燃やすための「やりがい」を見つけたいんだ。

情熱を燃やすための「生きがい」を。

 

やりがいや生きがいさえ見つかれば、きっと変わります。

モノやカネだけでなく、やりがいや生きがいを提供する会社や施設が増えたら、きっと今の若者は覇気も情熱もない。

なんて言われなくなるはずです。

 

先人と若者とが考えなくてはいけないのは昔と今の価値観をこじつけ合うのではなく、

モノとカネ、やりがいと生きがいを共有することではないでしょうか。



これからの働き方について大事なこと

仕事とは本質的に楽しくないものだ。

その考えで通じたのは効率化された単純作業で成り立った時代における思考だ。

昔はそれでも良かった。

つまらない仕事でも高度成長の波に乗って誰もが皆、多くの収入を得ることができたからだ。

 

しかし今の時代ではその思考は通じなくなってきている。

 

単純作業はすでにオフショアにアウトソーシングされ仕事自体なくなってきている。

もし未だにこの感覚で仕事をしているとしたら、オフショアの安い賃金の国や、人の脳より優秀なハード&ソフトウェアと競争しなければならない。

少し考えてみよう。その単純作業において、

お腹をすかせた貪欲なオフショアの人たちより費用対効果の高い価値を生める自信があるだろうか。

脳みそを4つも持ったクアッドコアのPCより速い計算ができる自信があるだろうか。

 

これらは現実だ。

まだ日本は「日本語」という壁に守られているが、遅かれ早かれ単純作業(ルーチンワーク)では贅沢な飯は食っていけないのは間違いない。

守られているという表現より「鎖国」されていると言ったほうが正しいかもしれない。

だからこそ、鎖国が解かれた瞬間に焦らぬよう準備周到を期して今から自分自身の位置づけを見つめなおさなければならないと感じる。

 

もし今、仕事がつまらない。と嘆いているとしたら危険だと感じたほうが良い。

日本の人口が減っていくことは紛れも無い事実であり、それを補うためにさらに外国人を受け入れざるえない状況。

日本の鎖国が解かれるのは時間の問題だ。

いくら嫌だといっても日本は強制的にグローバライゼーションの波に呑まれる。

 

だからこそ、思考のフレームワークを一新しなければならない。

先進国が直面している問題は未だ昔のままの思考フレームワークで仕事をしようとしていることだ。

効率性、インセンティブ、組織化。

 

これらは合理的だ。

だから誰も疑わない。

 

しかし人間がそもそも合理的でないのにこれらを当てはめようとするのは不合理の何者でもない。

 

飴と鞭で合理的に働かせようとしても限界がある。

もしそうだとしたら今あるオープンソースの時代が訪れることはなかったはずだ。

このブログもオープンソース(Wordpress)。

今見ているブラウザもオープンソース(Firefox)。

しらべものはもっぱらWikipedia。

 

上記に効率性、インセンティブ、組織化のキーワードが当てはまるとは思えない。

これらに置き換わるキーワードとして、創造性、モチベーション、フラット化だろう。

 

今の時代における仕事とは本質的に楽しいものだ。

でなければ、明日は開けない。

 

2012年が明けた。

自分自身迷いをなくし邁進できるように、働き方について本気で考えていく年にしたい。