困難を乗り越えるには困難の対処法を知ること

「なんて失敗を犯してしまったんだ。こんなことになるならやらなければ良かった。」

そんな風に思うことは誰でも経験があることですね。

ただ、そのときは地獄に落ちたかのように思えたことも、今となっては良い思い出だったと思えることも多いのではないでしょうか。

それは自身がそれを困難でなかったと悟ったときにはじめて振り返れます。

困難を乗り越えたとき、困難だと思っていたことは実は成功への過程に過ぎなかったということを体験して知ったからです。

それさえ経験できれば、ほとんどの困難に都度気負いする必要がなくなります。

困難は単なる成功への過程。その過程をクリアすれば成功が見えるようになるのですから、気負いどころか喜びだと感じるはずです。

 

プロスポーツ選手に置き換えたら、分かりやすいかもしれません。

「プロ」と言われるまでに至るに誰一人容易な過程でなかったことでしょう。

誰よりも練習し、日々困難を乗り越えてきたからこそ、今の栄光があります。

そして過去の困難を良い思い出と振り返っていることでしょう。

 

仕事もなんら変わりありません。

困難を乗り越えなければ、それ以上の困難を乗り越えることは永久に不可能です。

壁が小さくなるのを待つほど馬鹿な行為はなく、壁は自分が大きくなって越えれば良いだけの話です。

環境の変化を待つよりも自分が変化する方が予測がつきますし、自分自身でコントロールできます。

自分の人生に責任を持てとはよく言ったものですが、環境に依存して人の人生を歩まされるほど惨めなことないと思います。

 

困難の対処法とは、困難のその先に何があるのかを見据えて立ち向かうことです。

結果がどうであれ、挑戦したことで必ずどちらかの答えが出ます。

うまくいったのか、うまくいかなかったのか。

そこまで行けばあとは簡単。

うまくいったのであれば続ければ良いし、うまくいかなかったのであれば、うまくいく他の方法を考えれば良だけです。

何のリスクもないどころか、メリットしかありません。

 

困難を避けて暮らすことが穏やかなことと捉える人がいますが、大きな間違いだと個人的には思います。

環境がとめどなく変化し蠢く現代において避けて暮らせるほど甘くないこのご時世。

であれば困難の対処法を知り、困難よりも大きな人間になるほうが得策ではないでしょうか。

 

今の自分は1メートルの人間。自分の目の前に1メートルの困難という壁があります。それを乗り越えるために試行錯誤し、経験という名の食料を食べ、2メートルの人間になりました。

果てして1メートルの壁はもはや困難という名がふさわしいのでしょうか?

 

経験を食料にトライしたらどうでしょう。

逃げていたらいつまでたっても1メートルの小柄なねずみ人間でしかありません。

そんなラットマンになることが夢だったのですか?



 



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