ばあちゃんからの言葉。タンポポンのように。

タンポポ

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あと何回会えるんだろう。

もしかしたら手で数えられるぐらいしかもう会わないかもしれないって考えると会いに行けるときにはできるだけ行こうという気になります。

それが自分にできる唯一の感謝を表す手段だし、孝行だと思います。

ふとそう思うようになり、久しぶりにじいちゃんとばあちゃんに会いに行ってきました。

じいちゃんは今、喉頭がんで闘病中ですが思ってたより元気で安心しました。

気持ちながら御見舞金を用意しておいたので渡すと威厳としていたじいちゃんが素直にありがとうって感謝してくれます。

じいちゃんにありがとうなんて言われたのは初めてです。

素直に嬉しかったし、ちょっとしたことでも感謝の気持ちを表現することは大切だなぁと改めて感じます。

感謝だとか褒めることだとか照れくさくてできない人も多いようですが、思ってるだけでは何も伝わりません。

相手が喜ぶことであれば何でもやったらいいんですね。

感謝し、感謝される関係に不幸せなことなんて何もないんですから。


じいちゃんの隣にはいつも明るく元気なばあちゃんがいます。

ばあちゃんはいつだって笑顔です。

いつも感謝の気持ちを忘れないし、みんなの幸せをいつも願ってくれています。

自分にも素直に生きているから、偽りもなにもありません。

そんな自慢のばあちゃんの言葉は深みがあります。

今日話してくれたことで、印象に残った言葉です。

一日を笑って過ごすのも怒って過ごすのも同じ一日。 笑って過ごした方がいいでしょ。

どこにでもきれいに咲くタンポポのようになりなさい。

タンポポは道路の隙間でもきれいに咲くことができるんだよ。

ばあちゃんの言葉を聞くと心が洗われます。

タンポポのように、どんな環境でも、どんな状況でも自分を持っていれば輝くことができるということだと思います。

それともう一つ。

花はね、愛情と手をかければきれいに咲いてくれる。

人も一緒だよ。本気で愛しなさい。

人だけじゃなく、自分の行動や考えは映し鏡だと思います。

自分の普段の行いは、必ず自分に帰ってきます。

悪いことをすればそれなりの制裁が。

良いことをすればそれなりの恩返しが。

愛すれば、注いだだけの愛情が。

ただ、見返りを求めてるようであれば、それは逆に怒りを生んでしまいます。

これだけ、してやったのにあいつは何なんだ!・・・

みたいな感じで。

そういえば怒りについて書かれた本がなかなか勉強になったので紹介します。

善意は偽善とは違います。偽善は自我でしかありません。

こんだけ良いことをしている俺は偉い!なんて考えの人に恩返しをしたいとは思いませんよね。

何事も謙虚でなくてはいけないとばあちゃんは教えてくれます。

人生を自分の3倍も生きている人の言うことは重みが違います。

こんな人が身近にいるのだから、もっと教えてもらえるうちに色々と聞いておかないと。

まぁ何よりも自分と話しているときのばあちゃんの笑顔を見れることが嬉しいですね。

じいちゃん、ばあちゃんまだまだ元気でいてね。



 



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